瞬間をリアルに切り取った画家 カラヴァッジョ

(「新・美の巨人たち」テレビ東京番組<2022.4.30放映> 主な解説より引用)
 「音楽家たち」(1595年 油彩画 メトロポリタン美術館蔵)は、ミラランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610年 イタリア画家)が、27歳で描いた初期の作品の一つである。
 4人の少年たちが肩や首、太腿を大胆にあらわにして、演奏の準備をしている。柔らかな皺の表現、白い綿の質感、太腿の妖しさ。
 真ん中でリュートを調弦している少年は、半開きの口と潤んだ瞳で視線を向けている。非常に官能的で観るものを魅了する。ここには、カラヴァッジョ自身も描かれている。
「聖マタイの召命」(1600年)

 「宗教画」を描けることは、当時の画家たちにとって名誉とされた。カラヴァッジョの代表作であり、それまでの絵画とは全く違った描き方を試み、後年「絵画の革命」とも評されたこの作品は、サン・ルイージ・ディ・フランチェージ聖堂内にある、コンタレッリ礼拝堂の壁画として描かれた。
 強烈な光と闇のコントラスト、そして、一瞬の劇画を切り取ったかのような、ストップモーションシーンに、鑑賞する誰もが釘付けになる。光と陰の明暗を明確に描き分ける表現は、のちのバロック絵画の形成に大きな影響をもたらした。

 コントラストで明暗を表現し、劇的でドラマティックな画面を構成したカラヴァッジョは、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、フェルメールと後世の巨匠たちに多大な影響を与えた。
 後のフェルメールが、「光の魔術師」であるとすれば、カラヴァッジョは、「光と闇の魔術師」と言っていい。

 それまでのローマのルネッサンス美術とは、全く違うタイプの「宗教画」であり、いわば風俗画のように、宗教画を描いた。
 サンタ・ゴスティーノ聖堂内で描いた「ロレートの聖母」(1604年)は、貧しい庶民の巡礼者の前に現れたイエスとマリアを描いた。汚れた足の裏のなんとリアルな表現であろうか。


 その一面、衝撃的ではあるが、カラヴァッジョは絵の筆を剣に持ち替え、闇夜の街中に繰り出しては、数々の犯罪を犯すことを繰り返す。
 1606年5月、ついには娼婦の元締めを殺して、ローマからナポリへ逃亡する。逃げては描き、描いては、逃げる。殺人を犯し、人生の大半を逃亡者として生きることとなった。
 焦りと焦燥感の中で、やがて自らが信じられるものだけを描くようになる。そして、ナポリから地中海のマルタ島へと渡り、「洗礼者ヨハネの斬首」(1608年)を絶望の中で描いた。絵に描いたダヴィデとゴリアテは、いずれも己(おのれ)の顔を描いた。ローマへ舞い戻ろうとする途上で倒れそのまま野垂れ死する。享年38歳


「番組を視聴しての私の感想綴り」
 殺人を犯す一方で、絵画の出来栄えとしては名声を博し、後世の著名な画家たちにも大きな影響を与えた画家は、前にも後にも初めてである。イタリア・リラの時期のお札の肖像画にも選ばれている。
 そして、これほどまでに気性の激しい画家も他に知らないのであるが、絵画の描法に限っては、天才的な才能を遺憾なく発揮した。
 ある意味で、懸命に生きる、描く、感情に揺さぶられるといったあからさまな自分ととことん向き合い、妥協を許さない、曖昧な向き合い方をしない、潔い生き方そのものに、惹かれるのは、何故だろうか。 

 作品全体の印象としては、やはりキリスト教を背景とした「宗教画」を描いていっただけに、その高尚な精神性というか、永遠の美というか、そうしたものを希求する一方で、風俗といった生活に身近なシーンと、それらを結びつけていったという意味では、目線はつねに庶民目線であり、ナルシスト(自己愛)的な側面の強さを感じてしまう。


個々の作品(一部)について
「音楽家たち」(1595年 油彩画 メトロポリタン美術館蔵)
 伝統衣装に近い衣装を身に纏った4人の少年が描かれている。愛を祝うマドリガル(牧歌的叙情短詩)を練習している風景とされる。
 中性的(ユニセックス)な雰囲気を醸し出しているというのが、第一印象である。 


「聖マタイの召命」(1600年)
 対象物に明暗をつけて立体的に見せる技法「キアロスクーロ」(ダ・ヴィンチの発見とされる)や、より強烈なコントラストで明暗を表現する「テネブリズム」(劇的照明)を駆使した、カラヴァッジョの代表作である。
 フェルメールは、その後に活躍するオランダの画家であるが、カラヴァッジョの絵画技法の影響を受けていることは、この作品からも想像できる。


「法悦のマグダラのマリア」(1606年)
 番組では紹介がなかったが、あえて書き加えたい作品である。というのも、カラヴァッジョが死の直前まで手元に置いていた3作品のうちの一つであるからである。
この作品の発見は、2014年とごく最近のことであり、2016年に東京・上野の国立西洋美術館で開催されたカラヴァッジョ展で、世界初公開され、大きな話題をよんだ作品である。
 マグダラのマリアとは、聖書に登場する女性、キリストに7つの悪霊を退治してもらい、キリストの磔刑や埋葬に立会い、キリストの復活を目の当たりにしたとされる聖女である。
 マリアが今まさに天に昇り、法悦(エクスタシー)に浸っている様子が描かれている。青白い肌、血の気が失せた半開きの唇、薄く開かれ涙が溜まった瞳、どれをとっても感情の頂点に引き込まれる描写の見事さには、他に比較できる作品がないとも感じた。

 この作品だけをとっても、やはり、カラヴァッジョ恐るべしである......

「音楽家たち」
(1595年 油彩画 メトロポリタン美術館蔵)


「聖マタイの召命」(1600年)

「ロレートの聖母」

(1604年 サンタ・ゴスティーノ聖堂)


「法悦のマグダラのマリア」
(1606年  2014年作品発見 / 2016年日本にて世界初公開)

美的なるものを求めて Pursuit For Eternal Beauty

本ブログは、「美の巨人たち」(テレビ東京 毎週土曜 22:00〜22:30) 放映番組で取り上げられた作品から、視聴後に私の感想コメントを綴り、ここに掲載しているものです。 (2020年4月放映より、番組タイトル名は「新・美の巨人たち」に変更)   ブログ管理者 京都芸術大学 芸術教養学科 2018年卒 学芸員課程 2020年修了 瀬田 敏幸 (せた としゆき)

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