さりげない日常の一瞬を永遠にとどめる光の魔術師「ワイングラス」(ヨハネス・フェルメール 作 1658〜60年頃 ベルリン国立美術館蔵)
(「美の巨人たち」テレビ東京放映番組<2018.12.1>主な解説より引用)
ある種の寓意・暗示と緻密な構図
柔らかな光が、画面左側の窓辺から、部屋の中に差し込む・・。さりげない日常であるワンシーンが、劇的に変化する。キラリと、サラリと、なにげない視線としぐさに、フェルメール流の意味ありげな寓意と暗示を込めて・・・
二人の男女は恋仲なのか、ワケありの男女なのか・・
女性は伏し目がちに、グラスに注がれたワインを、いまにも全部飲み干さんとしている。紳士の男性は、白ワインの瓶をもったまま、もう一杯注ぐつもりなのか・・・
ワインは「誘惑」の暗示であり、ステンドガラスには、手綱をとる女性像が描かれており、「節制」と「警告」を暗示させている。
他の作品同様に、ここでも画面上には謎めいた小道具の数々が散りばめられている。「リユートの楽器」が画面に後ろ向きに椅子へ置かれている。画面奥には、画中画である「風景画」がかけられている。
画面全体に、静謐で静寂な時間が、意味深なストーリー(物語)ともに流れ、貫いている。
解像度の高い鮮明な美しさと描写力
フェルメールの作品全般に言えることかもしれない。
つまりは、当時の最新ハイテク技術であり、外界の景色を映し出す装置としての「カメラ・オブスクラ」を駆使して、そこから得られた情報を、この作品にもかなり注いだものと思われる。このことから、フェルメールは、「17世紀の映画監督」と呼んでもいいと。
ことほど、現実の空間の一部を切り取って、絵を表現することにとても長けているのである。正確な遠近感、手もとや歪んだ床、輪郭部分のぼやけた感じは、カメラ・オブスクラのなせる技であろう。
ゴッホいわく、「彼の絵には、完璧なパレットがある」。また、サルバトール・ダリは、「アトリエで仕事をするフェルメールを10分でも観察できるなら、この右腕を切り落としてもいい」と語ったという。
(番組を視聴しての私の感想綴り)
現在(2018.12.14)、最大規模といわれる8点を揃えた「フェルメール展」が、、東京・上野の森美術館で開催されている。私は、番組視聴後の12月4日、後半の番組放映を待ちきれず、日本初公開となった本作品を含めた実物を、鑑賞しに出かけた。
実物を鑑賞した後の感想として、以下の3点に絞り、特に私がフェルメール作品を通じて関心を抱いたことを記述したい。
本記述は、本作品を含めたフェルメール作品全般にわたっての視点からのものになる。
➀光の魔術と、ラピスラズリ(鮮やかな青色)へのこだわり
フェルメールの作品の多くは、構図や登場人物は異なれど、画面の左側から、日常の部屋に柔らかな光が注がれているシーンは、共通のものと映る。光がもたらす陰影表現の見事なタッチは、素晴らしいの一言につきる。
また、日本においては、東山魁夷や伊藤若冲も取り入れたという、ラピスラズリの色には、限りないフェルメールのこだわりを感ぜずにはいられない。フェルメールは、なぜ高価な鉱石の「ラピスラズリの青色」にこだわったのか。また、機会を捉えて調べてみたい。
②寓意と暗示により、絵画を劇(物語)へと鑑賞者(観客)を誘い込む技巧
一見、静穏で静かな日常の一コマを切り取ったかのように見える画ではあるが、そこには鑑賞者を絵画の中へ圧倒して吸い込んでいく、吸引力のようなものが働いていると感じた。
代表作品のひとつ、「牛乳を注ぐ女」にも見られるように、透視図法、一点凝視法など、テクニカルな技巧を駆使した足跡もみてとれる。
ある種のエネルギーは、知らず知らずに、鑑賞者たちをフェルメールワールドに吸い込まれていく様を呈してしまうようだ。そして、ひとつのストーリーに留まらない推理を示唆する、「暗示」「寓意」ともとれる数々の「しかけ」は、計算を重ねたであろう、フェルメールの’’ゆとりの世界’’すら、連想させるのに枚挙にいとまがない。
③少ない作品・短い生涯・後世の再評価・日本人好みといった数々の謎
オランダのデルフトは、フェルメールが生涯のほとんどを費やしたという、故郷の街である。また、各作品の一点一点に長い時間をかけて制作する、寡作家としても知られる。作品数は、真贋の決着していない作品も含め、生涯で三十数点にとどまっている。
父が画商であったことや、自ら画商のギルドの副会長という要職をつとめていた点からも、地位も名声も高まり、絵が完成すると瞬く間に売れたともいわれる。43歳で逝去し、生前の栄光は急速に忘れ去られることとなるが、19世紀末〜20世紀末にかけて、突然その作品への評価が高まった。絵画の理想主義から印象派への流れを背景に、写実主義を基本とした17世紀オランダ絵画が、再び人気を博す時代が訪れた。
写実を超える作品として、以前の放映で私の印象に強烈に残っているのは、15世紀・神の手をもつといわれた、ネーデルランドの宮廷画家・ヤン・ファン・エイクの作品「ファン・デル・パーレの聖母子」がある。
日本に来日したフェルメール作品の最初は、「天文学者」、のちに「真珠の首飾りの少女」と続き、日本人の間でも一気に人気を博す画家の一人となっていった。フェルメール作品が、なぜ日本人の間でもこれほどまでに人気があるのか。
そこには、四季があり、花鳥風月を愛でる国民性と、ソフトで穏やかな作品が醸し出す静穏さが、たがいに相通じるところから来ているのかもしれない。作品のひとつ「地理学者」の主人公は、日本から持ち込まれた半纏をまとっているのも、決して偶然ではないのであろう・・・
写真: 「ワイングラス」(ヨハネス・フェルメール作 1658-60年頃 ベルリン国立美術館蔵)
「美の巨人たち」<2018.12.1テレビ東京放映番組>より転載。同視聴者センターより許諾済。
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