旅を彩る列車デザインの美

(「新・美の巨人たち」<テレビ東京2022.11.26放映>より主な解説を引用 )


 最高の旅人を演じてほしい。列車デザインの旅を通じて、驚きと感動を届けたい。
こう語るのは、日本の鉄道列車デザインの形を、優雅に本格的にこだわって変えたデザイナー、水戸岡 鋭治(みとおか えいじ)氏【鉄道列車デザイナー 75歳】である。
  2013年に登場したクルーズトレイン「ななつ星 IN 九州」は、定員20名。3泊4日で旅行代金は、1人115万円と桁違いに高額ではある。車内には、本格的な「茶室」を設けるなど、そのこだわりようと本気度は半端ではない。
 もう少し、値段を下げてでも水戸岡鋭治氏デザインの列車をと、登場したのが「36+3」というタイトルの列車。やはり九州内を曜日ごとに、州内を5つの運行エリアに分割して、日帰り周遊できる和モダン全開の列車にした。

こちらは、ランチプラン<個室>で1人 23,000円。

 名前の由来は、九州が世界で36番目に大きな島であることと、それに3を足してサンキューと、洒落たネーミングとしている。
 水戸岡氏は、20代にしてイタリア・ミラノのデザイン研修所で海外研修を受けた。ヨーロッパの当時の列車を見ても、「洗練された色、形、素材、使い勝手」のどれをとってもに豊かさに溢れていた。つまり、ヨーロッパの列車は、圧倒的に利用者の側に立って、デザインされている。
 それに比べて、日本の列車には、「合理的」ではあるけれど、「豊かさ」や「楽しさ」がないことを痛感する。
 国内で手掛けた最初のDesign&Story列車は、「AQUA EXPRESS アクア・エクスプレス(1988年)」であったが、当初は周りからの評判は決して高いものではなかった。列車ボティが全面ホワイト基調であるがゆえに、「清掃が大変でコストがかかる」などの声であった。
 水戸岡さんは、「手間隙(てまひま)をかける。作り手の想いがそこかしこに宿るほどのこだわりを持つ。Only Oneにこだわる。そこに作り手の気が入る」と語った。

 その後も、JR九州とタッグを組み、生み出した斬新な車両デザインに対して、鉄道の国際デザインコンペの「ブルネル賞」を次々と獲得する。
 また、思い出になる列車には絶対に、ビッフェが要ると提案するも、なかなかその提案が通らない時期があった。
 その必要性の理由を聞くと、「旅の思い出とか、記憶はほとんど食とつながっている。食べて、飲んで、喋ってが基本。それに景色がついてくる。景色でもって感動しても、それが思い出になることはほとんどない。食なくしては感動はない」と。
 粘り強い提案の末、2020年から「36ぷらす3」にビッフェが登場する。
 この日(番組放映)に出されたランチは、大分県中津市の老舗料亭「筑紫亭」の豪華な、それでいて地元産の食材を駆使したメニューであった。
 また、水戸岡さんはこう語り続けた。「最高の旅人を演じてください。舞台は十分に整えたつもりなので、あとは乗客である皆さんは、自分で自分を演出して旅人を演じてほしい。最高の思い出をつくってください」と。
 未来世代の子どもたちへの「手間暇」も半端ではない。
 「感動体験がないと人は成長しない。子どもたちがどうやったら、感動体験ができるのか、私たち大人たちが全力で未だかつてないものをつくって提供する。私たちはそれをつくる義務があるし、子どもたちは最高のものを享受する権利がある。その権利と関係がうまくいくと、街も人もコトも、豊かになっていくのでは」と。
 最高のアイデア、最高の手間隙(てまひま)、そして、極上のおもてなし。そこに初めて、列車のデザインとともに「本物の感動」が走る・・・・


(「新・巨人たち」放映番組<2022.11.26>を視聴しての私の感想綴り)


   なかなか、ふだんに気軽に乗るには、やはりお値段が高いという印象である。ただ、人生のヒトコマとして、1回は何らかの大事な「記念の旅」として利用し、まさに旅人を演じる空間としての演出は、日常の通勤電車を利用してきている者からして、最高の出来栄えとしか言いようがない。
 特に、感じた点を3点あげてみたい。


1点目 モノでなくコトとしての「旅の感動」に、豊かさを求める時代

 高級なモノを手に入れ、満足し優越感に浸るといった時代は、もう時代遅れなのかもしれない。地球環境や様々な資源の有限性に目覚めている現世代にとっては、「旅」は、単なる移動手段としてだけではなく、まさに「旅の過程、プロセス、旅の時間をどう過ごすか」といった「コトとしての価値」を求めている時代なのだと、列車デザイン旅を通じて強く感じた。

2点目 手間隙(てまひま)をかけない時代だからこそのニーズがそこに

 徹底的にこだわるデザイナー・水戸岡さんの語りを聞いていて、日本のデザイナーとしての「職人肌」をひしひしと感じた。
 細部にわたるこだわりの一例が、列車内に打っているネジのデザイン。星形にデザインされたネジは、おそらくここでしか使用しない、オリジナルデザインであり、座席のカラーといい、車内全体のレイアウト、デザインといい、全てがこの列車のためだけの「オリジナル」であり、「オンリーワン」の物で囲まれていると言っていい。
 職人といえば、これまでも東京タワーや東京スカイツリー、横浜ベイブリッジなどで懸命に働く職人の姿を紹介した回もあった。
 おもてなしの受け手が、「乗客」としてダイレクトに届けられる水戸岡さんのようなデザイナーは、とても恵まれているというか、よりやりがいというか、手応えを感じるお仕事であるなと羨ましくも思った。


3点目 アフターコロナの時代の旅とはなんなのか
 新型コロナの感染が縮小に向かったとは言われているが、昨今の報道ではまた潜在的には感染増加の兆しも否定できないなど、特に高齢者施設や医療関連施設の現場では、気を緩めてはならない日々が続いていると推測する。
 一生に一度だけでも、今回のような素敵な「豊かさ」を感じる旅の旅人の主人公になりたいとは思う。
 ただ一方では、何かこれまでの旅行の復活だけが戻ってきているのかどうか、モヤモヤ感が拭えないのは、私だけだろうか。
 インバウンドで、海外から日本への旅行者は回復の兆しが顕著ではある。
円安の経済効果が後押しし、むしろ日本からの海外旅行は、コロナ前までの勢いで戻ってきているとは言えないであろう。
 海外から日本へ旅行に来る外国人の最近のアンケートなどを見ると「日本でしか味わえない魅力のある街、食、温泉、日本人との交流・イベントへの参加」などへのニーズがより高くなってきているという。
 今回のデザイン列車体験に見える富裕層の海外からの旅行者も、おそらく満喫できる旅行となるであろう。

 JR九州をはじめ、鉄道、バス・タクシー車両、飛行機などの旅行業者、各地の観光業者なども、ようやく復活する経済効果に、少しの安堵感を得ているかもしれない。

 「真の豊かさ」とはなんなのか。「真の心に残る旅の思い出」とはなんなのか。いろいろな意味でのターニングポイントを迎えている時代なのだろうと感じる、いまの自分がここにいる。


写真: 「新・美の巨人たち」<2022.11.26>テレビ東京放映番組より転載。同視聴者センターより許諾済。 

「ななつ星 in 九州」2013年より運行開始。定員20名。

「ななつ星 in 九州」2020年リニューアルして新たに車内に設けられた「茶室」

「36ぷらす3」先頭車両のデザイン

「36ぷらす3」車両の座席デザイン

「36ぷらす3」キャビン<食堂>車両のデザイン(一部)




美的なるものを求めて Pursuit For Eternal Beauty

本ブログは、「美の巨人たち」(テレビ東京 毎週土曜 22:00〜22:30) 放映番組で取り上げられた作品から、視聴後に私の感想コメントを綴り、ここに掲載しているものです。 (2020年4月放映より、番組タイトル名は「新・美の巨人たち」に変更)   ブログ管理者 京都芸術大学 芸術教養学科 2018年卒 学芸員課程 2020年修了 瀬田 敏幸 (せた としゆき)

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