イメージの魔術師 (「王様の美術館」 ルネ・マグリット作 1966年)


(「新・美の巨人たち」<2021.2.13 テレビ東京放映番組> 主な解説より引用)

 そこにいるのは、シルエットだけの男。そしてあるのは、風景だけの切り抜き。紳士の表情は、無表情でもあり、満たされている感じにもとれなくはない。

 今回取り上げられた「王様の美術館」(横浜美術館:蔵)は、ルネ・マグリット(Rene Magritte 1898年~1967年)作で、最晩年に描いた作品である。ベルギーの画家で、1920年代にパリで一時期、シュルレアリスムにも参画した。

 マグリットの一つの特徴は、「デペイズマン」と呼ばれ、「異なった環境に置くこと」のフランス語である。モチーフをあるべき状態から切り離して、別の場所に配置する手法であり、彼はこれを駆使して、後の60年代のポップアートなどにも大きな影響を与えた。

 シュルレアリスム=「現実を超える現実」とは、「超現実主義」「ものすごい現実」というような意味あいでもあるが、それは決して「現実を否定するもの」ではない。

 マグリットの画面に表現されているのは、例えば「空中に浮かぶ岩」、「鳥の形に切り抜かれた空」といった「不可思議なイメージ」であり、それらの絵につけられた不可思議な題名とともに、絵の前に立つ者を戸惑わせ、考え込ませずにはいられない。

 一方、マグリット自身の言葉によれば「私には、表現したいものは何もない。単にイメージを探しているだけである」とも語っている。

 それは、また「目に見える思考」であり、世界が本来持っている神秘(不思議)を描かれたイメージとして提示したもの(=デペイズマン)とも言える。

 一方、日常生活に目を移すと、マグリットの暮らしぶりは芸術家にありがちな、波乱や奇行とは無縁の、いたって平凡なものであったという。

 ブリュッセルでは客間、寝室、食堂、台所からなるつましいアパートに暮らし、幼なじみの妻と生涯連れ添い、ポメラニアン犬を飼い、待ち合わせの時間には遅れずに現われ、夜10時には就寝するという日々であった。

 マグリットは専用のアトリエは持たず、台所の片隅にイーゼルを立てて制作していたが、制作は手際がよく、服を汚したり床に絵具をこぼしたりすることは、決してなかったという。

 横浜美術館の学芸員 金井真悠子さんは、「マグリットは生涯で同じモチーフを何度も違う組み合わせをすることで、いろいろな実験をしている。誰でも知っているものを、意外な組み合わせにすることによって、違和感や不思議な感じを生む手法をとっている」と語る。

 「光の帝国」(1954年)を通してマグリットは、「昼と夜との共存が、私たちを驚かせ魅惑する力を持つのだと思われる。この力を私は、"詩"と呼ぶのだ」と語った。

 さらに、「絵を描いた時点で作品が完成するのではなく、それを誰かが見て初めてその作品が完成する」とも語っている。


(番組を視聴しての私の感想綴り)

 マグリットの絵画には、今回登場した「王様の美術館」をはじめ、山高帽の紳士が登場する絵画が多い。これは「一般の現代人」とする解釈もあるものの、やはり「自画像」そのものではないかと、素直に私は直感した。

 過去には、レンブラントなども、その生涯に多くの自画像を描き残していることを思い出したが、何か共通点はあるのかなどと、興味を持った。

 ただ、同じ「自画像」ではあるものの、番組内で森耕治氏(美術史家・ベルギー王立美術館公認解説員)が、「母親の自殺を自分自身の過ちによって誘発してしまった」と紹介したことからも、作風全体にもその影というか、迷いや悩みというものを生涯にわたって引きずっていたのではとも、私自身は推測した。

 例えば、作品の一つ「人の子」(1964年)は、山高帽の紳士の顔の正面を、林檎で覆う絵てあり、その象徴に思えた。また、他のシュルレアリスム画家にはないマグリットの独自性という意味では、絵とともに、「あり得ない現実の言葉」を用いて行ったことに、とても興味を抱いた。

 例えば、言葉があり得ない現実を簡単に言える例としての、「私は月の上に立つ」などである。さらには、「イメージの裏切り」という作品名の絵画は、パイプの絵の下に「これはパイプではない」という言葉が添えられている。

 ジョルジュ・デ・キリコの「愛の歌」(1914年)に見られたような、(マグリットは、この作品の前では、感動のあまり涙を流したと言われている)不可思議や神秘の世界(目に見えない、とらわれのない自由な世界)を描き、あるいは現実を揺さぶるために、見えているものを疑わせる「イメージの裏切り」、隠されたものを見せようとする「白紙委任状」のように、ひたすら「イメージ」を追い求め、追いかけ、描き続けたとも言えるのかもしれない。まさに、「イメージの探究」である。

 話が逸れるかもではあるが、たまたま私は、光の魔術師と言われたフェルメール作品、印象派をテーマにしたクロード・モネ作品と追いかけつつ、シュルレアリスムに繋がっていく絵画の歴史的な変貌を、学び返し意識していた。

 それに加え、国内アニメ独占のジブリにストップをかけた、新海誠監督で2016年に、国内興行売り上げ歴代4位作品の「君の名は」へとつながる流れもである。

 それは、写実主義から印象派、そしてマグリットを含めたシュルレアリスムの超現実主義といった、大きな絵画史の流れとともに、今日のアニメ作品に導入された映像技術に、写実主義的な表現への回帰が、ひょっとして見られるのかもといった、私の勝手な想像である。

 それは、「歴史は繰り返す」ではないが、今ここへ来て、新型コロナという世界的な閉塞感が漂う時代感覚とともに、感じてしまう感覚なのかもしれない。

 マグリットの作品で、私自身として特に印象に残った作品は、「王様の美術館」ではなく、次の2点である。

「光の帝国 1」(1953年 グッゲンハイム・コレクション所蔵)

「恋人たち」(1928年 リチャード・S・ザイスラー・コレクション所蔵)

 特に、「恋人たち」を観て直感したのは、マグリットの制作意図とはかけ離れるかもではあるが、新型コロナの時代に「相応しい作品」とも見てとれたからである。

 マグリットが語った、「絵を描いた時点で作品が完成するのではなく、それを誰かが見て初めてその作品が完成する」という意味を、今日的に改めて解釈したとすると、とても新鮮な作品に思えてくるのである。

 バンクシーのような現代風刺的絵画作品とは、また違った意味あいにおいてであるが・・・


写真(新・美の巨人たち テレビ東京放映番組<2021.2.13>より転載。同視聴者センターより許諾済)

「王様の美術館」  (1966年 ルネ・マグリット作 横浜美術館蔵)


「愛の歌」(1914年 ジョルジョ・デ・キリコ作 ニューヨーク近代美術館蔵)



「恋人たち」(1928年 ルネ・マグリット作 ナショナル・ポートレイト・ギャラリー蔵)



「光の帝国 1」(1954年 ルネ・マグリット作 ベルギー王立美術館蔵)


「イメージの裏切り」(1928-29年 ルネ・マグリット作 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵)



「ビネレーの城」(1959年 ルネ・マグリット作 イスラエル美術館蔵)



「白紙委任状」(1965-66年 ルネ・マグリット作 宮崎県立美術館蔵)

美的なるものを求めて Pursuit For Eternal Beauty

本ブログは、「美の巨人たち」(テレビ東京 毎週土曜 22:00〜22:30) 放映番組で取り上げられた作品から、視聴後に私の感想コメントを綴り、ここに掲載しているものです。 (2020年4月放映より、番組タイトル名は「新・美の巨人たち」に変更)   ブログ管理者 京都芸術大学 芸術教養学科 2018年卒 学芸員課程 2020年修了 瀬田 敏幸 (せた としゆき)

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