一瞬の奇跡を切りとった風景画 「緑響く」(東山魁夷 作 1972<昭和47>年 長野県信濃美術館)
(「新・美の巨人たち」テレビ東京放映番組<2020.10.17> 主な解説より引用)
一度観たら、決して忘れられない・・・ 心に響く作品とも。
作品の名は、「緑響く」(1972<昭和47>年 長野県信濃美術館内「東山魁夷館」所蔵)
今回の番組アート・トラベラーのシシド・カフカさんは語る。「自然の表情に心を動かされます。濃い緑と薄い緑、色へのこだわりと、白い馬の存在が見事です」と。
この絵を描いた実在の場所は、長野県茅野市豊平にある「御射鹿池(みしゃかいけ)」。面積約0.1ヘクタール、水深7メートルのため池である。
この名前は、諏訪大社に伝わる神に捧げるための鹿を射るという神事に、その名前の由来があると言われている。
東京国立近代美術館・主任研究員の鶴見香織さんは、この作品について、「簡略な構図の中に、自分の感じた美しさの中心となるものを表現する。景色が水面に写って、上下対称になった構図を<倒影構図>といいます。条件がそろった時にはじめて、水面は鏡のようになって周りの景色をくっきりと写し込ませる。いわば、一瞬の奇跡のようなものです」と語る。
また、「水辺に自分一人だけで描いて、世界が静まったように止まっている。そこに立ち会っているのは、自分一人だけ。ある種孤独だけれども、いわば <幸せな世界観> がそこには流れている」とも。
東山魁夷氏は、父、母、弟と相次いで亡くし、天涯孤独になる。そうした運命も重なってだろうか、添景(てんけい)という、人もいない、動物もいない風景だけを描いてきた。ただ、この絵には白い馬がポツンと描かれている。その後も、18枚にも及ぶ白い馬を描いていくようになる。
描かれた色彩の点から観れば、緑が基調にある。様々な色調の緑色だけで描かれた風景画には、以前にもこの番組で取り上げた、川端康成への想いも込めた「北山初雪」もあるほか、「東山ブルー」と呼ばれたように、様々な色調の青を基調とした絵画も多く描いている。
人生の長い旅の果てにたどりついた「祈りの形」、「祈りの象徴」のようなものが、作品の中に込められてきた (この絵画では「白い馬」) のではとも想像される。この作品完成後に、静かな闘志を胸に67歳で、群青や緑青を基調に描いたのが、唐招提寺からの依頼による大作「山雲濤声(さんうん とうせい)」であった。
魁夷氏は語る。「絵を上手に描こうとも思わない。心がこもるかこもらないか、それが問題だと思うのです・・・」と。
(番組を視聴しての私の感想綴り)
なんとも言えない静かな、静謐な風景である。
何はともあれ、私も実際に描かれた場所である、長野県・茅野市にある「御射鹿池 (みしゃかいけ) 」に行ってみたい衝動に駆られた。
(もっとも、長野県と言えば昨年<2019年9月>の学芸員履修課程の一環で、茅野市豊平にある京都芸術大学附属光耀堂美術館での合宿実習に参加した。地図で見ると近くにあったようだ。その際は時間なく残念であった)
静かな風景、それでいて、キラリと光るような輝かしく眩しいほどの「白い馬」の存在感を、注視してしまうのはなぜだろうか。
そして、「倒影構図」(とうえいこうず)により、木々が水面の鏡に反射するように映り込む対称的な描写、その風景美と空気感のようなものに圧倒されてしまった。
自然の表情に、自分の心が心底から動かされることが、これまでの私の人生であっただろうか。
振り返るに、自分なりの回想にはなるが、過去に3度ほど、まるで絵画のような体験と実感がある。
一つめには、大学時代の夏休みに北海道一周旅行をしていた時の道中でのひとこま。知床半島にあるカムイワッカ川の上流に上り、滝の真下にあった滝壺へ露天天然温泉のように浸かり、オホーツク海を眺めた時、一瞬にして目の前に飛び込んできた「大自然の絶景シーン」
二つめには、沖縄の西表島(いりおもてじま)に、職場の同期と旅行に行った際に、昼間だけ陸地として地上に浮き出る、サンゴ礁でできたごく小さな島に、昼食用の手作りおにぎりを片手に、早朝から民宿の小舟で向かった。シュノーケルをつけ、素潜りで足元を覗いた時の「まるで天然の熱帯水族館」さながら、「透明すぎる美しい海の色と、色とりどりの魚の美しさとその魚たちのコントラスト」に酔いしれてしまったこと。
三つめには、はじめてのヨーロッパ旅行で、スペインのバルセロナ経由で、IBIZA (イビザ) 島に渡った。サンアントニという岬から、「地中海に沈む夕暮れ時の夕日と、広々とした大海原が真っ赤に染まった瞬間の美しい光景」
東山魁夷氏は、数多くの国内の山々や、海のある土地を巡りながら、またその都度「おのれの心」とも真摯に向き合いながら、「心を込めて」描き続けてきたに違いない。
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