「天空から京都の街を一望・・・洛中洛外図屏風<上杉本> (狩野永徳 作 永禄8<1565>年 米沢市上杉美術館蔵)」


(「新・美の巨人たち」テレビ東京放映番組<2020.11.7>主な解説より引用)

 黄金の雲間から観えるストリートビュー。高い位置から京都の街を一望した俯瞰図である。ドローンもない時代に、一体どうやって高い位置から眺め描いたのか。そして、そもそもこのような図屏風を、なぜ描いたのか。

 絵を観ると、16世紀の京の街に息づく生き様、清水寺をはじめ有名なお寺や神社、御所や武家屋敷、様々な商売を営む人々の暮らしぶりなど、当時の京の街の活況があちらこちらに展開していて、観る者をいつまでも飽きさせない。

 「洛中洛外図屏風<上杉本>」(狩野永徳 作 1565年 米沢市上杉博物館蔵)は、1995年に国宝指定されている。
 細かく見てみると、右隻には清水寺のほかに、銀閣寺、知恩院、鴨川、南禅寺、祇園会が、左隻には桂川、渡月橋、金閣寺、花の御所(足利将軍家の邸宅)、北野天満宮などが点在して描かれていて、登場する人物は、ゆうに2000人を超えじつに壮観である。金色の雲は、大和絵の技法を駆使して描かれ、源氏雲(おやり雲)とも呼ばれる。

 描いた狩野永徳(1543-1590)は、安土桃山時代の絵師であり、狩野派(室町~江戸時代まで日本画壇の中心にあった)の代表絵師である。狩野派の棟梁として、織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕え、安土城、聚楽第、大坂城などの障壁画も制作した。「唐獅子図屏風」のような雄大なスケールの豪快な作品(大画)が多く、時の権力者の意向を受けての、圧巻の大画面、荘厳な生命力は、他を圧倒する迫力で知られる。


 「洛中洛外図屏風<上杉本>」を観ると、永徳が細密描写に秀でていたことが示唆され観てとれる。「琳派」のような美的装飾技法とは、ある意味で対照的である。
東京国立博物館学芸企画部長の田沢裕賀さんは語る。
「初期洛中洛外図は、季節や行事、庶民の暮らしぶりなどが、いかんなく描かれており、右隻には春と夏の季節を演出し、正月の節会、端午の節句、鴨川での川遊び、アユ漁。左隻には、秋と冬の風情を演出しているのが見事です」と。

 なぜ描いたのか?についてであるが、室町幕府第13代将軍の足利義輝(1530-1565)が、狩野永徳に描かせたとされるが、完成を待たずに義輝は急死。義輝が観たかった夢の世界を、永徳が現実には存在しないものの、夢の姿としてあらわしたものとされる。


以下【  】は、Wikipediaより引用
【「洛中洛外図屏風」であるが多くの作品が残されている。2点の国宝、5点の重要文化財指定(2016年現在)をはじめ、文化史的、学術的価値の視点からも高く評価されていて、美術史、建築史、都市史や社会史の観点からも、様々に研究されている。
 戦国時代の景観が描かれた「初期洛中洛外図」は、歴博甲本・乙本(いずれも千葉・国立歴史民俗博物館)、東博摸本(東京国立博物館)、上杉本(米沢市上杉博物館)の4点が現存する。番組で紹介されたのは、亡くなった足利義輝に代わり、織田信長が上杉謙信に贈られたとされる、国宝の狩野永徳作品<上杉本>である。
 国宝・重要文化財指定で江戸時代以降の「洛中洛外図屏風」には、舟木本(東京国立博物館)、勝興寺本(富山県高岡市勝興寺)、池田本(林原美術館)、福岡市博物館本(福岡市博物館)があり、その他にも紀州徳川家旧蔵とされるボストン美術館のものなどがある。以上、総数で約70点。現存するもので良質なものは、30~40点とされる。屏風の形式は、六曲一双形式のものが多い】

(番組を視聴しての私の感想コメント)

 京都を描いた屏風であるのに、どうして中国のように「洛中洛外図」と呼ばれるのか、素朴な疑問を持ち調べてみた。
 以下の【 】部分は、京都国立博物館サイトより引用。
【京都は、中国の唐の都「長安」をモデルとして築かれた。いつのころからか、西半分の右京を「長安城」、東半分の左京を「洛陽」と呼ぶようになる。右京は湿地帯が多かったため、しだいにさびれてしまい、長安城という名は、有名無実となった。それに対し、左京は発展していったため、「洛陽」が京都の代名詞となっていき、それを略して「洛」が京都を意味するようになる。
 洛中洛外とは、京都の街中と、その郊外といった意味の言葉である。
桃山時代になって、豊臣秀吉が京都の街をぐるりと取り囲む「お土居(どい)」を築いたが、「洛中」とは、ほぼそのお土居で囲まれた範囲と考えていい】


 金の雲間から覗くランドマークは、その名前が記されたものだけでも235カ所、街並みに描かれた老若男女は、2,485人にのほるという。
 京都市中(洛中)と、郊外(洛外)のパノラマ景観を描いた中でも、最高傑作といわれるのが、今回の「洛中洛外図屏風<上杉本>」である。
 数ある洛中洛外図屏風の中でも、初期の作品で、まず驚くのは、狩野永徳が23歳のときの制作であること。

 ダヴィンチの「受胎告知」が20歳の頃の作品。ラファエロの「アテナイの学堂」も26歳の頃の作品。芸術の天才と呼ばれるアーティストは、20代ですでに天賦の才能発揮ということなのか。努力だけのレベルではとうてい到達しえない作品の完成度であると、ため息をついた。
 

 もっと驚いたのは、番組内で試されたドローンによる実験証明である。
 この俯瞰図は、果たしてどこの場所から描かれたかという謎への挑戦である。第3代将軍足利義満が建立した相国寺には、当時109メートルという途方もない高さの、「七重塔」があったと伝えられる。
 その七重塔から俯瞰した京都の街の眺めを観て、足利義満が絵師に描かせた可能性が高いとして、番組ではドローンを使って、高さ109メートルからの眺望が再現された。
 右隻と左隻の分割線にある、この地点から眺めると、左隻に点在する、手前から妙心寺、双ケ丘、天竜寺の位置が一直線に並んだ。
 これを屏風の左隻の位置関係と照らし合わせると、ほぼ一直線に並ぶとして、見事に一致したのである。ドローンを活用した今日ならではの実験に、またここでもため息をついた。
 

 「洛中洛外図屏風」を巡っては、当時の政治的な駆け引きや、第13代将軍足利義輝が永徳に描かせた中での、ある種の野望といったものが見え隠れしており、「制作年の正確な時期」「描いた事実と虚実」「描かせた政治的背景と永徳のなぞ」など、今日でも歴史学者の中においては、大論争となっていると聞く。
 

 そのことは、今後の論争に委ねるとして、私自身が特に印象に残った点は、以下の3点(1)~(3)である。

(1)パトロンの存在と権力的な誇示
 狩野派は、たしかに室町~江戸にかけての日本画壇を代表する位置を占めている。つねに、御用絵師集団として、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった権力者側に構えている。
 一方で、「琳派」のように自由闊達に描いた画風と比べると、私としてはどうしても琳派の華やかで伸びやかでいる自由の気風と、侘び、寂び、あわれの風情をそこはかとなく醸し出す、日本的情緒を感じる作品に惹かれてしまう。

 例えば、それは尾形光琳が描いた「風神雷神図屏風」の裏に、酒井抱一が描いた「夏秋草図屏風」がそうであるように。
 本阿弥光悦から源流としてはじまり、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一といった流れは、民のストリームであり、どこか安堵感をおぼえる。
 狩野派の作品群は、素晴らしい作品の数々であるが、それゆえか、私にとっては圧倒され、ひれ伏してしまうような存在感なのである。

(2)狩野永徳による自由闊達な空気
  一方で、とは言うもののこの作品をよくよく眺めるに、狩野永徳が自由闊達に筆をふるったであろう躍動感というか、のびのびと描く姿が目に浮かぶようである。

 つまりは、二条城に構えるような荘厳な屏風や壁画とは違い、この洛中洛外図にあっては、市井のあらゆる生業の庶民、子どもから、武士、公家を、そして京都特有の祭りや行事の楽しい踊りや振る舞いなど、日本人が古来から受け継いできた「ハケ」と「ケ」を、思う存分に描き、永徳自身が描きながら楽しんでいる空気が、画面からも伝わってくるのである。

(3)洛中洛外図のような絵屏風は、世界に存在しないという驚き
  飛行機もドローンもない時代に、空から俯瞰して描くという発想自体が、まず驚きであり、さらには世界を眺めても同様の経緯をたどった絵画は皆無であるという。この点においては、世界にも誇っていい素晴らしい日本文化作品の一つであると感じた。


写真: 「新・美の巨人たち」テレビ東京放映番組<2020.11.7>より転載。同視聴者センターより許諾済。

「洛中洛外図屏風<上杉本>」( 狩野永徳 作 永禄8(1565)年 米沢市上杉博物館)


「洛中洛外図屏風<上杉本>」 拡大図 祇園会の様子 16世紀



「洛中洛外図屏風<上杉本>」 拡大図 清水寺の様子 16世紀

「洛中洛外図屏風<上杉本>」 拡大図 花の御所(足利将軍邸宅)の様子 16世紀

 邸宅内には、足利義輝(画面左)がいて、義輝の元に訪問にきた籠には、上杉謙信の姿(画面右)が描かれているとされる。 

美的なるものを求めて Pursuit For Eternal Beauty

本ブログは、「美の巨人たち」(テレビ東京 毎週土曜 22:00〜22:30) 放映番組で取り上げられた作品から、視聴後に私の感想コメントを綴り、ここに掲載しているものです。 (2020年4月放映より、番組タイトル名は「新・美の巨人たち」に変更)   ブログ管理者 京都芸術大学 芸術教養学科 2018年卒 学芸員課程 2020年修了 瀬田 敏幸 (せた としゆき)

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